吉田 統彦(よしだ つねひこ) <プロフィール>
東海高校を経て名古屋大学医学部卒、同大学院修了。前衆議院議員。眼科医。医学博士。愛知医科大学医学部客員教授。昭和大学医学部客員教授。名古屋大学医学部非常勤講師。名古屋医療センター非常勤医師。
セント・メプレス主催「未来の医師養成講座」で優しく受験生に語りかける吉田先生
本稿では、政府の目指す道と現実の乖離も含めて
さらにタイのMedical Tourismを考察していきたいと思います。
タイ政府はタクシン政権以降、
安価な政府によるPublic Sector(公的医療機関)と
高価なPersonal Sector(民間医療機関)の明確な区分により
タイ国民の平均寿命及び健康寿命の延伸を達成すると同時に
メディカル・ハブ構想によって、
海外からの外貨獲得や投資によるPersonal sectorの充実、
そして将来的にはPublic Sectorを含む国内全ての医療レベルの底上げと充実を図ろうとしています。
同じ東南アジアのフィリピンやインドネシアは、
日本をはじめとした諸外国とのEPA(経済連携協定)で
看護師や介護士等の医療介護従事者を「輸出」する方法を取っているのに対して、
タイでは海外からの患者を「輸入」する国策を実施しているわけです。
一方で、タイ政府は、所得水準の低い国民でも医療を受けられるように
「30バーツ医療制度」(30バーツ≒約90~100円)を重要政策に掲げ実施していますが、
一部の国民からは商業的要素の大きい外国人向け医療ビジネスに人的物的資源が集中することで、
国内一般向けの医療サービスが疎かにされることを危惧する声も聞こえてくるようになっています。
しかし、前述のタイ周辺の医療人財輸出国では医療関係人材の海外流出に悩むなか、
タイ国内での医療産業のパイが拡大することは、
タイにおける高度医療人材の確保や医療技術のレベルアップにも貢献している事実もあります。
では世界一手厚い医療保険制度、
もしくは真の皆保険制度ではないか?
とも考えられているタイの30バーツ医療制度について少し説明させていただきます。
本制度はタクシン時代の2001年10月から導入された無保険者救済医療制度で、
保険に加入していない農民や低所得層が対象です。対象者にはIDが発行され、
どんな病気でも月々の保険料負担はゼロで30バーツを支払えば
診療・投薬・入院治療が可能という画期的な制度です。
日本では保険対象外の出産・各種予防接種・健康診断・入院料・食事なども30バーツ対象であり、
2006年からはなんとARV(エイズ治療薬)も30バーツ対象となっています
(勿論、美容整形・性転換・不妊治療・勃起治療・特別室入院・高価な人間ドックなどは対象外)。
しかしながら病院はPublic Sector(本籍地の国公立病院・保健所)に限られており、
Personal Sectorは対象外です。
こういった制度は国家財政を危うくするように感じてしまいますが、
財源には酒税・タバコ税が充てられていることと、
現時点で65歳以上の高齢者が20%以上を占める日本と比較して5%未満と低いため
国家財政への負担は顕在化していません。
良い面ばかりが目立つようなこの制度ですが、
30バーツ医療制度で行われている医療の内容は、
30バーツは約100円に過ぎないこともあり、
結果として安かろう悪かろうという医療が行われている面もあります。
しかしながら未だ山岳民族等約5%の国民が未補足ではあるものの、
少なくとも国民の6割、約4,000万人の人々が、
かつては病気になっても病院に行くこともなく、
薬草を使った伝統自家医療のみに頼っていたことを考えると隔世の感があります。
しかし30バーツ医療制度の導入により需要は増えましたが、
供給する側つまり医療提供側には大きな変化がなかった。
つまりこの制度により患者が急増したにもかかわらず
それに応じた医師への処遇がなされていないことなどから
02年以降毎年500~700人の国立病院からの医師の退職が続いているともいわれています。
タイの医師数は02年時点での医師数は18,987人、
06年時点で21,051人(同看護師 101,143人)であり、
医師数の人口比は日本の6分の1程度となっている状況から考えると
医療崩壊を引き起こしかねない深刻な状況に見えます。
次稿では実際にPublic Sectorの雄である
国立チュラロンコン大学医学部付属病院における診療風景を覗いてみましょう。
元衆議院議員 医師 吉田統彦拝
吉田門下生/田代秀仁君(藤田保健衛生大学医学部入学決定)と
吉田門下生/足立大輔君(兵庫医科大学医学部入学決定)と