みなさんこんにちは!
ドラゴンスター山下です。
数学物語第17弾、今回は久しぶり(?)に、
純粋な数学についての話題を取り上げようかと思います。
題材は、皆さんが数学Ⅲで勉強する『極限』についてのお話で、
『アキレスと亀』という題名がついています。
『アキレスと亀』は古代ギリシアの自然哲学者、
ゼノンによって考案された『4つのパラドックス』の中の一つであり、
非常に有名な話なので、既に知っている方には申し訳ないのですが、
僕自身が大学の講義中にこの話を聞いたとき、とても面白いなと思いましたので、
お話しさせて頂こうと思います。
内容は以下の通りです。
『足の速い人間アキレスと、足の遅い亀がいる。
アキレスは秒速2メートルで走り、亀は秒速1メートルで走ると仮定しよう。
同じ地点からスタートしたのでは、アキレスが勝って当然だ。
そこで亀のスタート地点をアキレスより100m先に置き、同時にスタートさせるとしよう。
そうしてみても、アキレスはいずれ亀に追いつき、追い抜くだろう。』
ここまでのお話は、一般的な感覚から考えれば当たり前のことですね。
しかしながら、『アキレスと亀』のお話はまだ続きます。
以下のように考えてみると、亀に追いつけるはずのアキレスが、
一転、いつまでたっても追いつけなくなってしまうのです。
『100m離れてアキレスと亀は同時にスタートする。
少し時間が経過しやがてアキレスが100m先の亀のスタート地点に着いたとき、
亀はそこから何mか先にいる。
そこを地点1としよう。
アキレスが走り続けて地点1に着いたとき、亀は地点1の何mか先にいる。
そこを地点2としよう。
再びアキレスが走り続けて地点2に着いたとき、再び亀は地点2の何mか先にいる。
この作業を何度くりかえしても、亀は常にアキレスの前に居ることになり、
だからアキレスは亀に追いつくことはできない。』
…いかがでしたでしょうか。
もちろん、アキレスが永遠に追いつけないなんてことは、あるわけがないのです。
では、この一見正しい文章のどこに矛盾が隠されているのでしょうか?
少し考えてみるとしましょう。
第一に、私たちはアキレスが亀に追いつくことを事実の観察としてすでに知っていますね。
ひとまず、スタート後何秒で亀に追いつくかを、次のような簡単な計算で導いてみましょう。
2m/秒×x秒=1m/秒×x秒+100m
x=100秒
すなわち、スタートから100秒後に、アキレスのスタート地点から200m先で、
アキレスは亀に追いつくこととなります。
ですが、『アキレスと亀』の話を聞くと、
頭が混乱して追いつくことが不可能なようにも思えてきてしまいます。
だからこそパラドックスと言われているのですが。
このパラドックスを紐解くためのカギの一つは、
『回数』と『時間』、『有限』と『無限』の違いにあります。
本文の中には、アキレスが亀のいた地点にたどり着いたとき、
亀はそこから少し前にいて、この操作を何度繰り返しても、
アキレスが亀に追いつくことは、不可能である、とあります。
実はそれ自体には矛盾はなく、それはその通りなのです。
ただしその操作の繰り返しが『有限回』である間は、ですが。
操作が有限回のうちは、アキレスは亀に追いつくことができません。
しかし無限にそれを繰り返せば、アキレスは亀に追いつくことができるのです。
そしてここに勘違いが生じるのです。
無限『回』繰り返さねばならないといわれたとき、素直に聞き入れてしまうと、
じゃあアキレスは『いつまでたっても』亀に追いつけないのではないんだな、と考えてしまいますよね。
『いつまでも』という言葉は時間の要素を含みます。
そして『回数』と『時間』は全く別物です。もっと詳しく言えば、
無限の『回数』を繰り返すのに要する『時間』は無限ではない、ということです。
そしてこの有限な『時間』が100秒なのです。
この100秒の間に、先ほどの操作は限りなく繰り返されます。
『回数』と『時間』の混同が、不可解な矛盾を生み出していたというわけです。
以上が哲学的観点からの見解です。
そしてここからが、数学のお話です。
この操作をn回繰り返した時点での、
アキレスと亀の距離をAnとおきます。
亀が地点1に進んだ時点での差は50mであるから、A1=50
亀が地点2に進んだ時点での差は25mであるから、A2=25
以下繰り返すと、A3=12.5、A4=6.25、・・・となります。
つまりAn=100÷(2^n)が成り立つのです。
ここでn(この操作の回数)を無限大に持っていくとAnは0に収束します。
一方で、nを無限大にしてアキレスと亀の距離が0になるために要する時間はというと、
亀のスピードを考えれば、一回目の操作に要する時間が50秒、二回目の操作で25秒、
三回目の操作で12.5秒ということになるため、要する時間Tとおくと、
T=50+25+12.5+6.25+・・・となります。
ここで両辺0.5をかけると、
0.5T=25+12.5+6.25+3.125+・・・とできます。
以上より、辺々引いてみるとT-0.5T=50
つまり0.5T=50となり、
T=100秒という結果が得られます。
以上のように、数学の世界での言語と、
日常の世界での言語にはいくらかギャップが生じています。
どちらかというと、数学の世界の方が繊細で、曖昧な表現を許しません。
僕が今回皆さんに学んで欲しかったのは、
極限の話よりもむしろ、そういった数学独特の特徴です。
今回のように、『いつまでたっても』と言われたときに、
日常のなかでの意味と決して混同しないことが大切なのです。
また同時に、問題文をしっかりと、数学の言葉に変換しながら読むこともとても重要です。
このあたりは、受験数学においても、とても大切な要素となり得ることでしょう。
今回の『ゼノンのパラドックス』から、
数学と言語の関係の深さを読み取ってもらえると、私としては幸いです。
それでは長くなってしまいましたが、そろそろ失礼いたします。
まだまだ受験は続きます。頑張れ受験生!!!
名古屋大学理学部数理科学科 山下龍星