Kが呟いた次の言葉が事の発端だった。
「能勢から京都は遠いな」
彼も同志社を受けることになっていた。
能勢町というのは大阪府最北部にあって
俗に『大阪のチベット』ともいわれる山間地帯である。
Kの家はそこで農家を営んでいた。
彼の家から試験会場のある京都の烏丸今出川に行くには
阪急バス→能勢電鉄→阪急電鉄宝塚線→阪急電鉄京都線→京都市営バス
と乗り継いでざっと2時間半はかかるのである。
「じゃ俺の家に泊まれよ」
「ええのか?」
「ええよ、たぶん」
母に確認すると、あんたの四畳半で枕を並べて寝るならいい
と言ってくれた。
というわけで、彼は試験当日の朝、
阪急バスと能勢電鉄を省略することができたのだった。
それだけではない。
彼は夕食と朝食、そして安眠までわがものにすることができたのだ。
一方、僕は
やがて、松山千春の『長い夜』をカラオケで歌うたびに
思い出すことになる一夜を過ごすこととなった。
遂に一睡もできなかった
あのおぞましい一夜を。