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  • ジャポニズムを「釈迦と親鸞聖人の人間性」から学んでみませんか
  • 1はじめに                                     

      私たちが日本に生まれ、そこで育ち、ここで生活を営なんでいる者は、大方その地の文化に従った暮らしをしているのである。その地には固有の文化が多かれ少なからずある。食始め、七五三の寺社への詣で、成人式等。家庭固有な文化では先祖供養として墓参り、回忌法要が文化として根ずいている。また、学齢による文化、入学・卒業・就職・退職祝い文化もある。いずれも家内安全・繁栄を願っての安心、平安・安穏を願っての文化である。自然の恵みに感謝する「神」であり「仏」である。太陽の恵みを初めとし、水・火の神、森の神への畏敬に始まった文化であると思われます。こうして出来上がった「文化」が時代の変化と共に幾世代が繋がり保たれ、現在の固有の日本文化が出来上がってきたと考えられます。集落から村へ村から町文化へと、経済、政治の進展により、国民の移動が始まり、文化の領域が広がり今や日本の固有文化は、「旧習の文化」へと追いやられてきました。現代社会では「文化財」と呼ぶようになってきました。敢えて文化財と呼ぶならば、その文化への畏怖、畏敬に感謝するこころをれを保持してきた遺産を日本の精神文化とし、日本の人々“がそれを尊び、実践し、生きていくということ、その担えてとなる精神文化、即ち 「仏」や「神」の教えを根本とし、人がそれを尊び、実践し、生きていくということ「教えにより強い生き方・生きる知恵を学ぶこと」ではないかと考える一人です。

      30年以前の体験であるがヨーロッパへの研修会へ参加した折、ケンブリッジ大学の文化人類学者である先生が、「日本人は自分の宗教観が話せない。研修後帰国されたら是非もう一度先生方の持つ宗教を語ってほしい。」と言う注文がつたことが耳から離れないジャパニズミとは、当に日本語の宗教の「宗」は根本とか本源と言う意味ではないだろうかと思うのです。

     

    2宗教とはなんですか) 

      一人ひとりこころの中で常に神や仏と共に生きようとするところに本来の意味があります。「困ったときの神頼み」これは宗教ではありません。宗教を英語で言うと「レリジョン(religion)」と言い,ラテン語のレリジオ(religio)を語源としています。この意味は「ものを結びつける」ということです。日本語の宗教の「宗」は根本とか本源と言う意味で、仏や神の教えを根本とし、人がそれを尊び、実践し、生きていくということです。宗教は自然の力を恐れ、畏れたりして自然を特別なもの、あるいは神のようなものとして崇拝することから起こった宗教もあるが、いずれにしろ何か大い関係を結び、敬い、導かれ、共に生きようとするところに根源があります。ときに宗教を曲解し生き方の方向を見失う場合もあることをこの機会に知る必要があります。本当の宗教の神や仏からは、「教えにより強い生き方・生きる知恵を学ぶこと」である。それは (1) 新しい自分を発見すること (2) 人生を積極的に生きること   (3) 死に対してしっかりした信念を持つこと  (4) 今をより強く生きようとすること であるというのです。

    3 仏教とは何だろう

     仏教とは:仏教とは、日々自然の中での暮らしの中で、正しい道理を知らないので迷いの中にいる私達(衆生)が真実に目覚めた人(仏)になる教えです。「私も真実に目覚め、貧欲、瞋恚、愚痴などの煩悩をなくして、仏さまのようになりたい。仏さまのように安らかな、浄らかな心で生きたい(菩提心)」という願いをもって、仏さまの教えを求めています。私たち一人ひとりが仏さまのお心に触れて、様々に異なった環境と境遇の中でいのちが一緒に生きていくという自覚と思いやりを持って、人の命も他のいのちも共に生きている(自利利他)、この世がお浄土のように安らかで浄らかな世界になるように努める教え(菩薩道)です。すべての生きとし生けるものが、いのちの尊さ気づき、仏さまに救われた日々を過ごさなければなりません。
     しかし、物事を正しく見よう、考えよう、語ろう、行おうとしても、考えなくてもよいことを考え、言わなくてもよいことを言い、やらなくてもよいことを繰り返している私たちです。欲しいものは限りがないし、不都合なことがあれば腹が立つし、嫉妬はするし・・・知らず知らずして、罪を重ねています。私たちは、とても仏さまにはなれそうもありません。次から次に沸き起こる自己中心の煩悩に振り回されて、正しい道を歩めない私たち(凡夫)は一体どのようにしたらよいのでしょうか。そこでお釈迦さまは、慈しみに満ちたあたたかなお心で、煩悩の塊である私達を仏の世界へ導く手だてをお示し下さったのです。 

    (4) お釈迦様と親鸞聖人の関係性」お釈迦さまの悟り                お釈迦さまは、「私たちは、なぜ苦しむのだろう」「苦しみは、どうすればなくすことができるのだろう」と、「苦」の正体を見つめられたのです。そして、ついに重要な真の事実を見つけられました。お釈迦さまが気づかれたのは、この宇宙のすべてが、あらゆる物事の一つひとつが無数の条件が加わることにより形となって現れ、すべてが原因と縁(因縁)によって成り立っている、存在しているという因果の道理でした。あらゆるものは刻々と織りなしていく縁によって常にとどまることなく移り変わり(無常)、固定的な永遠不滅の実体などというものは何一つない(無我)のです。冷たく聞こえるかもしれませんが、私たちはもちろんのこと、この世のすべての物事が縁によって今存在しているだけです。その存在は、自然にそのときそうなっているだけのあるがまま、ありのままの姿形・事象で一切の執着を離れた世界(空)です。

    お釈迦さまは、「これがあるときにはそれがあり、これが生じるときにはそれが生じる。これがないときにはそれもなく、これが滅びるときにはそれも滅びるというように、物事は縁によりすべてがかかわり合っていて、一つとして単独で存在するものはない(縁起)ことも悟られました。

    ところが私たちは、知らず知らずのうちに「わたし(自我)」に囚われます。あらゆるものが変わりゆくものと頭ではわかっていても、無意識に「わたし」は常住の存在で、自己の内部に永遠に変わらない「わたし」という特別な実体があると思っていますから、因縁によってあらわれ起こる「あるがまま、ありのままの真実(自然=じねん)」が、「因縁のままに生かされているいのちの真実」が分からないのです。例えば、私の生も死もどちらも自然なことなのに、生は受け入れられるが死は受け入れることができないという「わたし」「苦」を生み続けるのです。

    2苦しみの原因

      私たちを苦しめるのは、心身を惑わし悩ます「わたし」のこころの動き(煩悩)です。三毒(貧欲、瞋恚、愚痴)などです。貪欲とはむさぼり求める欲の心、瞋恚とは怒り腹立ちの心、愚痴とは道理をわきまえないで迷う愚かな心のことです。この煩悩が私たちの身には十分にそなわっていますから、縁に触れれば自分の意思を超えて欲が、怒りが、嫉妬が・・・・・燃え盛ってきます。その上、慢心するかと思えば、不安に押し潰されそうになったり・・・・・。他人の心を傷つけたり、傷つけられたり・・・・・。一つの言葉、一つの物事に一喜一憂する「わたし」なのです。
     お釈迦さまは、苦しみや悩みを克服するために「迷いの人生は苦しみで、苦しみの原因は「わたし」に対する執着(我執)で、その執着の原因である煩悩を断ち切れば苦しみはなくなるから、そのために正しい道を歩みなさい。その道とは物事の見方、思い、言葉、行い、生活、努力、気づかい、精神統一の八つを正しく行うことです」と、四つの道理と八つの実践方法(四諦八正道)を教えられました。

    (1)親鸞聖人の思い

    ()(ざん)()()のこの身にて                                                             まことのこころはなけれども                                                          弥陀の廻向の御名なれば                                                           功徳は十方にみちたまふ  

    (大意)人に恥じ天に唾するあわれな自分、如来におまかせするほかはありません。                                                            (解説)()(ざん)()()」とは、慚愧のこころがない。慚愧とは、自己に恥じ、他に恥ずるこころです。慚愧と懺悔はほぼ同じ意味です。「無慙」とは自らに恥じることがないこころ無慙と言い、他に恥じることがないことを無愧と言います。                                          「無慙無愧この身にて」、慚愧のこころが全くないこの身であって、「まことのこころはなけれども」、まことのこころなど微塵もなけれどもというのです。

    たとえ自分の心の中に真のこころはひとかけらもなく、あるものは恥知らずの無知のこころだけだとしても、「弥陀の廻向の御名なれば」、仏さまから与えられた「南無阿弥陀仏」の生き方、嬉しくても悲しくても全てを弥陀にお任せして、「南無阿弥陀仏」と承けていく生活している。その中で果たす名号の役割は、仏さまから与えられた「行」としての「称名念仏」であるから、「功徳は十方にみちたまふ」、「十方」とは、自己を包んで他にも及ぼすわけです。このことは法の功徳です。むしろ絶望の中に新しい世界が開かれていきます。その契機があると詠っているものと解せられます。

    ͡慈小悲もなき身にて                                                             ()(じょう)()(やく)はおもふまじ                                                            如来の願船いまさずば                                                             苦海をいかでわたるべき                                                           

    (大意)慈悲のこころなど一切なく、万人救済も失われ、救命ボートがなければ海も渡れません。                                     (解説)「小͡慈小悲もなき身にて」、慈悲心の中で、最も小さいと言われる慈悲心すら持ち合わせていない好みです。これまた痛切な自己懺悔です。「()(じょう)()(やく)はおもふまじ」、「有情」とは相手のいかんを問わない。対象のいかんを問わない、平等に注がれる絶対条件の慈悲を指しています。「()(じょう)」はまだ目覚めていない人々、衆生です。「利益」は幸せを与える行為を言います。「おもうまじ」は人助けをなどしようとは思わないの意です。                                    

    「何故でしょう?」こちら側に与えるべき慈悲心のひと欠けらもないような者が、どうして衆生利益ができるであろうかという痛烈な反省であり、痛切な懺悔です。

     「如来の願船いまさずば 苦海をいかにでわたるべき」、その理由は阿弥陀の本願を舟に喩えています。その船がなければ、どうしてこの苦海を渡ることができましょうかと娑婆世界の苦しみを海に喩えています。仏さまの大慈悲心、相手をかまわず平等に注がれる慈悲心、その船がなければこの苦しみに悩み満ちたている娑婆世界、すなわち苦海をどのようにして我々は無事に渡り切ることができようか。本願の船によらなければ苦海は無事にわたることはできません。親鸞は自己の嘆きを掬ってくださる如来大悲の徳を讃嘆しているのです。

    (じゃ)(かつ)(かん)(さ)のこころにて                                                  自力(しゅう)(ぜん)はかなうまじ                                                  如来の(え)(こう)をたのまでは                                                (む)(ざん)(む)(き)にてはてぞせん

    (大意)蛇、サソリのような、他人を欺くような、そういう心をもって、自分の力を頼りで善を行ったところでこれでよいと言うわけではありません。仏さまの働きを頼まなければ、結局、蛇、サソリのままで終わるのです。                                     (解説)非常に深い自己反省、懺悔をしている様子が覗えます。仏さまの智慧の光を強く浴びれば浴びるほどおのずから見えてくるのだと言っています。

    これらの詩の全体は、亡くなる数年前に書かれたものと思われます。かって比叡山で修行し格闘した「自力懺悔」の葛藤でした。この世「苦海」を渡るにはもはや如来の願船に乗せてもらうしかない。静かな自己解体の風が吹いているのです。善人こそとか悪人こそとか、言うこともありません自然(じねん)のまま、ありのまま、それが()(ねん)(ほう)()というもの、無意自然の姿、となるというのです。「親鸞においては ただ念仏して 弥陀にたすけられまいらすべしと よききひとのおおせかぶりて信ずるほかに別の子細ななきり・・・・法然上人にすかされまいらせて 念仏して地獄におちたりとも さらに後悔すべからず候」と。(本文 p.218 参照)親鸞聖人は、法然上人との出会いによって、ますます「本願を信じ念仏申さば仏になる」と、信心とは清らかなこころであると悟られたに違いない。自分のあるがままの相で生きたいと思ったに違いない。

    「一切衆生悉有仏性」とは、人間は皆 身勝手であるから、教えを信じ清らかな心を取り戻しましょうと言っています。このことを自覚して、煩悩に染まった心を澄浄に戻すというところに仏教でいう「信」の意味がるというのです。「信」はよくもろもろの染着(せんちゃく)を捨離(しゃり)させ、離れさせることによって、清浄な心を目ざめさせる。すると法、即ち真理が自らその心の中に現れてくる。このことをわからせることが「信」であるというのです。                                     清らかになった心には法(真理)が現成するということであり、そのような心を持った人になれば法(真理)一体になるとう言うのです。煩悩に縛られ、真理(法)を真理と分からなかったわが身に、真理が自ら沸いてくるというのです

     親鸞聖人は人生の目的と、その完成のあることを強調されています。「人間に生まれたからには、これ一つ果たさなければならない大事業がある。 それは現在、完成できる。 だから早く完成しなさいよ」と生涯教えられたのが親鸞聖人ですから、聖人の教えを「平生業成」というのです。                                      親鸞の生きる目的は、「欲を満たす一時的な幸せではなく、人間に生まれてよかったと心から喜べる、永続する幸せがある」と教えられています。 これを『歎異抄(たんにしょう)』という本には「摂取不捨の利益(せっしゅふしゃのりやく)」と記されています。(続く)              

    第2話

    3 釈迦と親鸞の共通点 

    (1)釈迦と親鸞の生涯 

    お釈迦様の生涯とその教え概略)

    誕生     ◎紀元前500(=紀元前463~383又は566年486年頃)4月8日インドルンビニー で,シュッドーダナ(浄王)と妃マーヤとの間に長男として生まれる

     ◎本名ゴータマ・シッダールタ ルンビニーが生地 ⇐インド・ネ

    パール国境 沿いの小さな国の王子として生まれる                                                

    結婚(16歳)      

    ◎ 人間の根本的な苦悩である生老病死に直面する

    出 家(29歳)      ◎長子ラーフラと妻を残して出家する 苦行生活に入

    成 道(35歳) ブッダガヤ―にて   ◎苦行の意味を知る                                              悟りを得てブッダ(覚者)となる                              

    縁起(何事も縁によって起こる)・四諦(四つの真理)・八正道(八つの正しい修行)  (拙著『親鸞聖人ってどんなお方』p.107 「(7)お釈迦様の三つの 基本的な教え」を参考してください。)

    初転法輪 サールナートにて   かっての苦行仲間に初めて説法をする           

    サンガと呼ばれる教団が成立

    解説 釈迦の教えは人間の生きる道を明らかにしたものです。この道を「ダルマ」と言います。

    人生の苦しみから脱し、迷いの生存(輪廻)を断ち切り、自由の境地に至ること。

    人は無知であるがゆえに迷い、迷うがゆえに物事に執着する。そのため真理が解らず、生老病

    死に苦しみます。だか無明を止滅し、真理を知り、実践することによって苦を乗り超えねばなりません。

    このことを相手の能力や素質にふさわしく説く。「人は人を見て法を説け」と言うのです。                 

    サンガとは 階級制度を廃止し、平等主義が貫かれ、女性のサンガの創設、在家信者は三宝(仏・

    法・僧)に帰依し、五戒(不殺生・不偸盗・不邪淫・不毛後・不飲酒)を守ることを基本とした。

             ⇓

    (親鸞聖人の生涯とその教えの概略)伏見日野)に生まれる                                                         

    誕生    

    ◎ 本名幼名・松若麿(又は松若丸)が生地 ⇐ 京都市日野に、父は大織冠*(たいしょくかん)の玄孫近衛大将右大臣従一位内麻呂公六代の後胤宰相有国卿代の孫皇太后宮大信・藤原有範(ありのり)朝臣、母は源氏清和天皇七代の孫鎮守府将軍義家(八幡太郎)の嫡男但馬の守但馬義親の息女・吉光女の名門従三位の嫡男として生まれる

                      

    父母との別れ(4歳)   

    ◎ 叔父・従三位若狭守範綱卿(日野範綱)の養子となり少納言範宴と号し学問に励む。古今集、和歌など公家人としての学問を学ぶ

    出  家(9歳)比叡での修行 

    範綱卿の弟・青蓮院門跡慈鎮和尚(じちんかしょう)の下で得度し比叡比叡での修行に上る。

    苦行(修行)生活に入る ⇒『四教義』『愚者論・唯識』『華厳』『法相三論』等を読破し学ぶ        

    法然坊との出会いと法難(29歳)                         

    ◎ 範宴(親鸞)29歳のとき、六角堂・救世観音菩薩の百参詣の帰り安居院聖覚出会い、法然の説教を聴聞する。          

    ● 悩み苦しみ叡山を下り、一沙門となり善き師,法然上人の門下に入り念仏僧となる。          

    ● 法然の説く専修念仏が糾弾され、1207年法然は四国、範宴は居多が浜(越後)流刑となる。

                                                              

    結婚(36歳)僧に非ず俗に非ずを名のる                                                       

    流罪赦免の後、越後居多が浜で暮らし恵信尼(京の中下旧貴族の娘)と結婚し子供が生まれ、家族の繋がりができ華族と共に過ごす。

                                            

    布 教 活 動 の 旅(42歳)仏の教えを信じる                 

    解説 1207年 流罪で越後居多が浜で「僧に非ず俗に非ず」として名のり暮らす。赦免後常陸国稲田に移住し,善光寺・ 小島・佐貫などで・「他力の修行を捨てて、他力の本願に帰す」と、その意は「信」は自力では求められない、仏から「信」は与えられる」「信」とは執着を捨てさせ、離れることによって本来の清浄なこころを自覚させる。すると法 即ち「信」は真理が自らその心の中に現れてくる。このことを分からせるのが「信」である。煩悩に縛られ、真理を真理とわからなかったわが身に、真理が自ら現れてくるというのである。稲田を朝出かけおよそ10時間かかけて小島、高田まで行って夕方から田舎の人々に弘教し、翌朝稲田に帰る日々である。

                                         

    著作物の執筆と布教活動(61歳)古里 京への旅路                        正信念仏偈』(『正信偈』)・『顕浄土真実教行証文類』の執筆と編集のとりくみ、旅路のご途中、浜松、三

    河国・矢作の柳堂により教化をする。

    親 鸞 の 寂 滅(90歳)『教行信証』ほか讃歌の編集

    解説 知人の居を転々としながら、門弟や、同朋の人たちからの僅かな貢物で以て暮らし、著作物の執

    筆や訪問客との談を楽しみ簡素の生活であったと言う.

    聖人71のとき、『高僧和讃』、『浄土和讃』等を著す同三年73歳から74歳の三年間に東国の門侶がときどきご機嫌伺にやってくる。                                                 

    76歳の正月、『高僧和讃』,『浄土和讃』を推敲に推敲を重ね清書された。80歳の㋂4日浄土類聚鈔』の著述、81歳のとき『愚禿鈔』の草案、同六年82歳のとき『正像末和讃』等を叙述され清書された。            

    1256(建長8)年84歳になった春、いささか体調を崩され顕智房、蓮位房が看病に尽くしたと言われています。

     (2) 親鸞(1173/4/1~1262/11/28)のことば 親鸞から学んだ知見は             

    ● よき人との出会いは 自分の一生を決定づける                                  

    ● 人のしあわせは、今、ここにある また、この先も求め続ける                                       

    ● 自力難行は、生涯修行 他力易行は、修行の結果を人の役に立てる人となる                                                                  

    (3) 親鸞のことば ー 西暦1170年代から送られてきた 私たちへのメッセ―ジ 親鸞聖人は、欲を満たす一時的な幸せではなく、人間に生まれてよかったと心から喜べる、永続する幸せがあるのだと教えられています。              人生の目的と、その完成のあることを強調されています。人間に生まれたからには、これ一つ果たさなければならない大事なことがある。それは今、完成できる。だから早く完成しなさいよ」と生涯教えられた。(続く)

    第3話                               

    おわりに                          

    (1) 阿弥陀さんってどんなお方か? ゲーテのことば(1749 ~1832・ドイツの著作家あり自然さらにワイマール公国の政治家科学者で主な作品に小説『ウエテルの悩の悩み』『疾風怒濤』などの名作があります)彼の作品多くの詩は、自然の中に神仏の声を聞き取るのが作品のテーマであると思われます。「人間が宗教的である限り詩と芸術は生産的である」と述べています。 「ああ全能の神様、どうぞ私に信心をお授けください。・・・・中略・・・・」これはちょうど私たちの心が離れている恋人に惹かれているような、そういう力です」。そう言う不思議な文脈があります。神仏に向かって、「信心をお授けください」と。一般的にいえば、信心とか信仰は人間がすることだから、その主体は人間にあるはずである。この言葉は、一般の場合と異なって、頭で考える合理的・理性的な論理でなく、敬虔な感情に動かされた心の論理が働いているように思われます。ゲーテは神仏を信じることは難しい、人間は何かの見返りや代償がないと信じ切れない。信じること、信じる力は神仏から与えられるものと解しているのである。心の動きは、合理的な思惟とか社会的な倫理観とは根本的に最も深いところから生まれる。人間の心を見つめ尽くしたところから生まれる論理であるというのです。

    (2)親鸞聖人(1173~1262)のことば

       親鸞はただ阿弥陀仏を信じるだけでよい、そのほか何もしなくてもよいと言っています。学問も修行もしなくてもよいとさえ言っています。従って多くの方面の識者から誤解を招き「親鸞はお他力(本願)だ、軟弱の宗教だ。主体性を失った人々の新興宗教だ」と苛めされ続けました。実は、このことは親鸞(範宴)が9歳から29歳までの20年の間、比叡山において血の吐く思いで修行や学問に励んできた結論だったのです。仏教本来では、「信じる」を完全に持つことは無理なことで、普通の人間には不可能なことだというのです。日頃、仲間内で「私を信じてください」と言います。人はそう簡単に「はい、わかりました」と本当でしょうか、決して「信じて」いません。「信じる」ということはそれほどにむつかしいことです。信じようとしても「本当かな」と猜疑心を抱いてしまいます。親鸞その心に躓いたのです。                                               しかし範宴(親鸞)は法然と出会い新しいことを目の前で見つけました。人間は仏を完全に信じることはできない。だが仏は人間を信じて下さると気づいたのです。お母さんと赤ちゃんの関係性にあると言うことを知ったのです。「赤ん坊がお母さんを信じまかせ切っている、私たちはただ仏を信じまかせ切る、ただそれだけでよい」と親鸞は言い切ったのです。浄土教では「仏を完全には信じきれない」人間を、仏のほうが信じて下さっていると考えているのです。

    『選択本願念仏集』読んだ真言宗の明遍(1142~1224・後に法然の門下に入った)は、法然に強い魅力感じ、法然上人を尋ねました。「私はいくら念仏をしても心が散ってしまいますどうしたらよいのでしょう」と真剣に尋ねました。法然は「それは源空も力および候わず」と。明遍はそれでは承知しません。法然(源空)は「されど名を称すれば、仏の願力に乗じて往生すべしとこそ心得て候え。ただ詮ずるところ、「おおらかに」念仏を申し候が第一のことなり候なり」と。心が散るなら、心が鎮まるまで念仏をしなさいと。往生即ち救いは仏の願によって決まる。自分の力ではない。だから念仏は「おおらかに」唱えればよいといいのです」と応えた。                                                      範宴(親鸞)は「すべてよろずのことにつけて、往生には、かしこきおもいを具せずして、ただほれぼれと弥陀のご恩の深重なること、つねにおもいだしまいらすべし。しからば念仏申され候。これ自然なり」救われるためには、分別心にたよらずただ「ほれぼれ」と阿弥陀仏のご恩の深いことに感謝し、これを思いおこしなさい。そうすれば自然に念仏を申すことができます。この「ほれぼれ」という境地は、「おおらか」という境地に通じるものがあります。しかし、親鸞(範宴)は「いつでも仏の心を信じ切っているわけではありません」と述懐しています。

    5 おわりに                     

    親鸞は『教行信証』、その内容の理解させる工夫としての讃歌をはじめ多くの著作物を残しています。その中で一貫した思いは、自分の「信・信仰」に特徴がある。 法然上人の教えは、「極楽往生は自らの力で行うものではなく、阿弥陀仏の力によってかなえられるものである、阿弥陀仏が念仏を称えるすべての人々をお救いくださる」と説く「他力本願」の教えでした。親鸞聖人はこの教えに深く共感され、生涯にわたり「法然上人によって明らかにされた浄土往生を説く真実の教え」を継承し、さらに高めていくことに力を注がれていること。その意図とする語句に表現されています。聖人の信仰の特徴は、他力の信心によって現世でそのまま救われるところにある。自分ので信じる信心には不純なものが混ざっているが、阿弥陀から与えられる信心は純粋であり、如来と同じこころにさせられる。そこに救いが得られるのであってその救いは死後のことではない。救われた瞬間から、感謝の念仏あるのみである。                                        親鸞は、法然の指導を受けてから新しい発見をしました。それは、人間は仏さまを完全に信じることはできない。仏さまは人を信じて下さっていることに気づいたのです。                              母親は 赤ちゃんにどんなことが起きようが、赤ちゃんを守ろうとします。如来さま(阿弥陀)は衆生を信じていて下さると思い至ったのです。ですから赤ん坊が母親を信じ、すべてを任せ切っているように ただ仏を信じ、任せ切る、ただそれだけで良いと親鸞は言い切ったのです。赤ん坊が母親を信じ、母親を呼ぶように、ただ仏を信じ、仏の名を呼ぶ即ち「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」をとなえればよいのだと言ったのです。これを「他力の信心」つまり「他力信仰」と言うのです。最後に、生かされている私たちの自覚を求めたいと思います。

     私たちはは、「仏さまによって説き示されている不滅の真理を私達の実生活を通して受け入れることである。即ち、自然の理に出会えたことに喜び、日々の悩みや迷いが生じたときに、法の光を思い出して、今ある私に『ありがとう』の気持ちで前へ進めば、一隅の光に出会うことが出来る。」と言うことを確認することである。実践活動として「1、命を大切にする 2、盗みをしない 3、嘘をつかない 4、男女の淫乱な行為をしない 5、薬物・飲酒の乱用をしない 6、悪口、二枚舌、欲張り、邪まな思いをしない」これを徳目に、自らの努力で行う。『努力できないものは、去れ』との厳しいお諭である。また、私たちは、少なくとも熱心な皆さんの毎日暮していく中での今日生きる目標として、「強いこころ、正しいこころ、温かいこころ、そして明るいこころ」を持つことです。

    参考資料1 親鸞聖人の基本的な考え方の系譜

    1. お釈迦様の生涯とその教え概略

    誕  生      

    ◎ 紀元前500(=紀元前463~383又は566年486年頃)4月8日インドルンビニー で,シュッドーダナ(浄王)と妃マーヤとの間に長男として生まれる

    ◎ 本名ゴータマ・シッダールタ ルンビニーが生地 ⇐インド・ネパール国境沿岸の小さな国の王子として生まれる

    入  滅(80歳)  法(ダルマ)を拠りどころとするよう願い入滅

                                                                

    (解説)紀元前383年2月15日(旧インド歴の第2満月の日)マッラ 国クシナガラの沙羅双樹の林の中 にて入滅した 最後の言葉は 「諸行無常(もろもろの現象は移りゆく)ということを(おこた)わずを知るがよい 精進努力しなさい」と伝えられたと言われています

    2.  聖徳太子(574年2月7日から622年4月2日・飛鳥時代)皇族 政治家

      用明天皇の第2次王子(次男)

       叔母の推古天皇の摂政、仏教の興隆

       四天王寺、法隆寺の建立

       執筆活動=三経義鈔の編纂・法華経、維摩経、勝万経

        有名な言葉 「和をもって名をとって尊しとせよ」

    3. 法然上人 (1133年年(長承2年)~1212年2月29日)

    誕生 法然上人(幼名・勢至丸‣1133年年(長承2年)美作(みのさか)国久米郷稲岡の生まれ。父は漆間時国・久米郷の押領使・福岡の荘の領主、母は名門秦氏の息女に生まれる。

    父との別れ(9歳) 環から勢至丸9歳のとき明石定明(地方の豪族・荘園の領主)に夜討ちをかけられた父・漆間時国、深い傷を負い1142年逝去する。

    得度(14歳)       1147年

    浄土宗の開基(42歳) 1175年  

    (解説) 末法の世の到来・「法然坊の救いを求めた浄土の教」

      保元の乱・1156(保元1)年、平治の乱・1159(平治1)の合戦に始まり平家の没落に終る戦乱の連続とそれに加えて次々に起こる飢饉と天災とを目のあたりに見、また身をもって体験した。12世紀末の世の人々は、仏教が予言する末法の世の到来を本当に信じないわけにはいかなかった。特にそのことを痛切に感じたのは、すでに没落の途をたどっていた貴族や上級武士であった。当時、彼らが浄土宗(救いを求めた浄土の教では、末法の世を逃れる道はただひとつある、それは穢れたこの世を離れて、はるか西の方にある弥陀の浄土に往生することであると説く。

    法難(76歳)  1207年(建永5) 土佐へ流罪

     寂滅(80歳)  1212年2月29日

    4.親鸞聖人の生涯(1173年4月11262年11月28日)                            誕生   1173年4月1                             

    日野有範(深い傷を負い1142年早逝する)  母 吉光女の長男。

      迷いと苦しみの中、生涯の師 法然上人と出遇う。

     流罪となって越後へ  常陸へ旅立ち、関東一円に教えを広める 

    (解説)晩年の親鸞聖人は京都へ戻り、執筆に心血を注がれます。「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」(悪人こそが救われる)の一文は「悪人正機」の思想であり、人間平等の思想でもあるとして あまりにも有名です。 

    その1 親鸞(1173/4/1~1262/11/28日) のことば  親鸞から学んだ知見は                                           ●  よき人との出会いは 自分の一生を決定づける                                  

    ● 人のしあわせは、今、ここにある また、この先も求め続ける                                                     ● 自力難行は 生涯修行 他力易行は、修行の結果を人の役に立てる人となる

    ●  人の世は みな同じ 摂取不捨である

    その2 親鸞のことば ー 1170年代から送られてきた 私たちへのメッセ―ジ            親鸞聖人は、欲を満たす一時的な幸せではなく、人間に生まれてよかったと心から喜べる、永続する幸せがあるのだと教えられています。                                 

      (解説)人生の目的と、その完成のあることを強調されています。人間に生まれたから  には、これ一つ果たさなければならない大事なことがある。それは 今、完成できる。だから早く完成しなさいよ」と生涯教えられた。

    参考資料2 宗教的情操の涵養を役立てる語録

    (1) 正信念仏偈・般若心経の写経 : こころを静め自己に向かってに問いかける機会を作り、今の自分がここに生かされていることの発見が出来ます。

    (2) 食作法 : 食事のとき、合掌して心を落ち着け、感謝の心をもって次の言葉を唱和します。

    「浄土宗」では、「食作法(じきさほう)本当に生きんが為に 今この食をいただきます。与えられた天地の恵みを感謝いたします いただきます」 食事を終え「合掌(合掌しながら) ご馳走さま」と。 

    「真宗大谷派」では、「食前の言葉(合掌しながら)み光のもと われ 今 幸いに この浄き食を受く いただきます‣合掌を閉じて」・・・・・「食後の言葉(合掌しながら)われ いま この浄き食を終わりて 心ゆたかに 力身にみつ ごちそうさま・合掌を閉じて」と所作を行います。

    ⇒ この二例の食事訓は、どんな時でも全員で行います。人はあらゆるものの命を食し、いのちを永らえている。人はいのちの大切さを食事訓とか食作法で、その恵みに感謝すると共に、いまここに自己の存在を気づかせることができます。

    (3) 受戒会:人間が生きんがためには、一人では成り立たない。そこで生きていく条件は、絶対として五戒、十善(十悪)を約束として日々の心得とせねばならない。役職教員(導師職)は色衣正装、他僧籍者は簡衣。法 話(導師職、校長)(浄土宗の仏事例)

    戒とは : 不殺生(いのちを大切にする)、不楡盗(盗みをしない)、不悪口(嘘をつかない、だまさない)、不邪淫(女性にみだらな行為をしない)、不飲酒(飲酒、薬物の乱用はしない)

    (十悪=十行)とは:十種の善い行い ⇒ 不殺生(殺生)、不楡盗(愉盗)、不邪淫(邪淫)、不妄語(妄語)、不綺語(綺語)、不両舌(両舌)、不悪口(悪口)、不貪欲(貪欲)、不瞋恚(瞋恚)、不邪見(愚痴)

    (4) 貪・瞋・痴:むさぼりに怒りが加わったもので人間の最も困った心である。そして愚痴が人間の心を餓鬼にも修羅にもすると言われている。

    貪・瞋・邪偽○詐:貪は貪欲の意でありむさぼり、瞋は瞋恚で腹立ち、邪は不正、偽は真にあらざるいつわり、○邪は:淫なるいつわり、詐は詭であざむくこと。ひとのおほせをかぶりて、信ずるほかに別の仔細なきなり。念仏は、まことに浄土にうまるるたねにてやはんべるらん、また、地獄におつべき業にてやはんべるらん、総じてもって存知せざるなり。たとい法然上人にすかされまいらせて、念仏しそて地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずそうろう。・・・・中略・・・・善導の御釈まことならば、法然のおおせそらごとならんや。・・・・中略・・・・面々の御はからいなりと云々。   (『真宗聖典/第二版』『歎異抄』p. 767)

    (5) 五濁とは:悪世における五種の避けがたい穢れをいう⇒ 劫 濁:時代的な環境社会のけがれ

             見 濁:思想の乱れ

             煩悩濁:悪徳のはびこり

             衆生濁:人間の資質が低下すること

             命 濁:寿命が次第に短くなり、最後には10歳になる時

    (6) 第十八願 至心信楽の願 たとい我、仏を得んに、十方衆生、心を至し信楽してわが国に生まれんと欲うて、乃至(ないし)十念せん。もし 生まれずは、正覚を取らじ。唯五逆と正法を誹謗せんをば除く。               (『真宗聖典第二版』『仏説無量寿経』 p.19 )

    <意訳> たとい私が仏となっても、十方の人々が心からのまことの喜びをいただいて浄土に生まれることを願って、十声ないし一声の念仏を称えても浄土に生まれることができなければ、正しいさとりを得ません。ただし、五逆の罪を犯した者と正しい法を謗る者はこの限りではない。

    仏身を傷つけ、聞法者の和合を乱すこと。

     誹謗正法 :正しい法を謗ること → 五逆以上に罪とみられている。

    ・念仏往生の願

    かの諸仏の国の中において、

    或いは布施をもって、往生の行とする土あり。

    或いは持戒をもって、往生の行とする土あり。

    或いは忍辱をもって、往生の行とする土あり。

    或いは精進をもって、往生の行とする土あり。

    或いは禅定を持って、往生の行とする土あり。

    或いは般若をもって、(第一義を信ずる等これなり)往生の行とする土あり。

    或いは菩提心を持って、往生の行とする土あり。

    或いは六念をもって、 同上

    或いは持経をもって、 同上

    或いは持呪をもって、 同上

    或いは起立塔像、飯食沙門および孝養父母、奉事師長等の種々の行をもって、おのおの往生の行とする国土等あり。・・・・云々          (『選択本願念仏集』 岩波文庫p.47)

    ・布 施 : 他人にものを施すこと。無貪の心を持って、仏や僧、ならびに貧窮の人に衣食等を施与すること

    ・持 戒 : 戒法を護持すること。すなわち仏所制を受持して犯さないこと

    ・忍 辱 : 苦難に耐え忍び、心を安らかに落ち着け、怒りの心を起こさないようにすること

    ・精 進 : 心を励まし努めること

    ・禅 定 : 心のはからいを静めること

    ・般 若 : 真実をみる智慧の眼

     (7)菩提心とは、発願の心の尊さであり、願いを起こすこと、その願いとは清浄な国を完成させ人々を救とする心を起こすこと。極楽浄土に生まれたいと願いを起こすこと。 

    (8)お盆とは、仏教が伝来して以来、その土地で繰り返し、繰り返しの風俗習慣と結びつきながら人々の生活に根付いてきました。「お盆」「お彼岸」などはその代表的なものです。

    (9) 信じる ・ 聞くとは、納得 → 阿弥陀仏の要請(=阿弥陀仏の働き) → 疑いのないこころ(こころの底から納得する)=「清浄心」自己中心と言う色眼鏡を外したこころ = 仏心 → 信心

    (信じる)                                          三法(仏・法・僧(ぶつぽうそう))に帰依するものは、信じる者であることである。仏と法(教え)に確固たる「信」を持ち、法(教え)が命じている(かい)(りつ)(約束ごと)( 諸々の命を尊厳すること、盗まず、邪な愛欲(男女の淫乱(いんらん)な行為)に溺れず、偽りを言わず薬物の乱用を決してしないこと。)を厳守することが求められています。先ずは、父母共いつかは別れなくてはならない。家族共ついには離れなくてはならない、この世もついには別れなくてはならない。                次には仏の教えを聞いて、「信」が厚ければ、喜びは自然に湧き上がると言われています。何事も法(教え)の光を認め、喜びを見出していけるというのです。その「こころ」は清く、耐え忍び、争いを好まず、人を悩まさずさえすれば自然に喜びは湧き出ることができるものです。                                                                  仏の光は何時も何処でもあなたを照らしています。また仏の教えを聴聞すれば、教えを信じ他人を羨ん(うらや)だり他人の言葉に迷ったりすることなく、自分の判断を選び取り、自分のこころを修め取ることができと言うのです。

     (10) 出遭いとは、値遇 「ありがたし」

    (11)「無碍の光明は無明の闇を破する恵日なり」                                                      

    人の一生は、苦しみから逃れることはできません。だからといって、苦しむために生まれてきたわけでもありません。苦しみをなくして、どのように明るく、楽しく生き抜いていくかを人生の目標にし、明るい光を求めて一生を学び続ければ、必ず幸せがやってきます。幸せは私たちの最も近いところにあると言われています。

    (12)「身の事実に生きる こころは妄想・妄念である」                           

    人間は、環境と境遇に生きています。自分勝手で他を思いやることなどなかなかできない私たちですが、生きていく上で、少しでも人間らしい営みができるように、いつも弥陀の教えを拠りどころにした智慧をいただきながら自問自答する毎日(日暮し)に努める。

    (13) [信を得んと欲すれば 荘厳を正せ」 

    師に出会うには、自らが進んで身を正し、聴聞することのできる私たちになることです。

    (14)  法然上人は、吉水の念仏道場で、親に捨てられた赤子を引き取って育てた。いま、現在の赤ちゃんポストを持っていた。

    念仏の子守唄 (法然上人の唄)

    念々(ねんねん) 寝たまえ 寝々(ね)念仏/ 寝んねん 言(い)たまえ 言(い)念仏/ 臥(ふ)すも 起きるも 念々(ねねん)仏よ/ 浄土の門には 何が咲く 浄土の門には 沙羅双樹   

    (15)「生死見つめて自分の生を知る」

    生まれた時の話を聞かせる。<生> ― 死を見せる。<死>                           

    → 震災は生死を自然な形で教えてくれた。

    → 生きる事は死を学ぶことから生まれる。生の存在(いま生きている私の存在を知る)を知る。

    (16) 自主トレ人生                   

    やればできる/  必ずできる/  何事もまずやってみる/  うまくいくまでやってみる/それでうまくいかなければ考えてみる/  諦めずに考えていると、寝ている間にでも 

    ふとよい考えが湧いてくることもある/  それでもうまくいかなければ、親や先生に聞いてみる/  諦めなければ、必ずできる/   (妙心寺大徳寺派・大仙院食堂額)平成24年12月14日)

    (17)「亡き人の心を知る」

    一切の有情 生きとして 生けるものは 皆もて世世 父母兄弟なり」亡き人の思いを知る。亡き人は、私たちになにをおしえてくださっているのか。

    → これを機縁にして、仏(ぶつ)の教えに出会う。

    → 私のために亡くなっていったことに気づく。 

     (18) 親鸞聖人の最晩年の日々の思い(親鸞聖人 伯父の日野範綱(妻 焼<晶>女)の召使い。犬麻呂の妻 去世女の歌)

    みだのおちかいぞ たのもしき

    じゅうあく ごぎゃくのひとなれど  

    ひとたび みなを となうれば 

    らいごう じんじゅう うたがわず     (中日新聞「親鸞」平成25年11月12日)

    ・親鸞の述懐                                        

    親鸞聖人は「『なんのために』自分は生きながらえているのだろう」 法然上人の遺志を受け継いで、人々に正しい念仏の道を説くためか。世間には苦しくて世を去る人びとも多い。そんな中で、ここまで生きてきたことには何か意味があるのではあるまいか。「生きているのではない。生かされているのだ」という思いが込み上げてくると、朝まで眠れないことがしばしばだった。

    (19)「忘己利他」

    「己を忘れて、人の利益になる行いをする」自分を無にし、些細なことでよいから他人のためになることをしなさい、そうすればきっと心が穏やかになり、毎日が楽しくなると説くものです。                                            (最澄・天台宗の開祖)  

    (20)「一忍一友」

    一つ耐え忍べば一人の友人ができる。二つ忍べば二人の友人ができるという意味で、友達と上手くやっていくためには、耐え忍ぶことが必要で、耐え忍ぶ度合いが多ければ多いほど沢山の友人ができる

    (21)「宿善開発」

    長い間、悩み苦しみ修行したあげく、偶然の折に信心を獲得することと思われます。

    (22) 身分制度 

    インドには、カーストと呼ばれる身分制度(社会階級)が現在もあります。カーストと言うのは皮膚の色で身分を差別することです。四段階以外にアウトカーストに属する人たちがいます。最高位にバラモン、司祭・僧侶、次にクシャトリ、王族・武士、三番目にヴァイシヤ、商人・農民、四番目に位するシュードラ、奴隷です。その他番外に、アンタチャブル、不可蝕賤民があります。                     

    今日でも、食事をとる場合に身分の異なるものと席を一緒にすることはありません(できません)。職業選択などにおいても同等身分の階級内で行われると言われています。

    かって、日本においても明治時代初頭までは、士・農・工・商・番外に賤民と言う身分制度があり社会階級が差別によって統制が行われていました。

     (23) 回向                                                                         

    死に臨んで、阿弥陀仏の働きには二つあると言われています。ひとつは「あなたは、世の為人の為によく尽くしてくださった。弥陀の教えを十分聴聞されました。本当にご苦労様でした」と阿弥陀さまが人の一生の労をお認めになれば、弥陀は浄土へお導きくださる働きかけを持っています。もう一つは、これからは、もっと弥陀の教えを広く世に伝えたり、自己の拘りを捨て他人の為に尽くすようにこの世の浄土へ還す働きかけを持つと言われています。

    私達が浄土に向かうのも、又、一旦心の重荷を下ろした人が心を他の人々の幸せに向けるのも、往くも還りも、浄土に向かう心も、浄土からこの世へ向かうこころも両方とも阿弥陀さまが起こして下さったものです。この様な仏さまの働きかけを「回向」と言います。

     (24) いろは歌                                      

    この歌は相対的な世界にこだわって一喜一憂する迷妄の世界を超脱すれば、一切が安楽とな

    ると説く『涅槃経』の四句の偈文である。音の異なる四十七文字を七五調にしたもので、弘法大師が町民の手習いの手本として作ったものと言われています。江戸の町の火消しの馬簾「いろは組町火消し」などに使われていました。

          諸行(しょぎょう)無常(むじょう)(諸行は無常なり)    (いろ)(にほ)へど()りぬるを

         是生(ぜしょう)滅法(めつほう)(これ生滅の法なり)   ()() (だれ)(つね)ならむ

         生滅(しょうめつ)滅已(めつい)(生滅滅し()りて)     ()()(おく)(やま) 今日(きょう)()えて

         寂滅(じゃくめつ)()(らく)(寂滅を楽と()す)     (あさ)(ゆめ)()()ひもせず

    (25) 「身・口・意」って言うのは何?                            今をどう生きぬかを「こころ」から生き方を探ってみよう。仏の道を生活に生かすにはどうしたよいのだろう? その道を見つけたい諸々の人は、常に「身と口と(こころ)の三つの行いを清めること」を心がけることと言っています。「身」の行いを清めるとは、いのちの尊厳を確固たるものと心得ること盗みをしないことそして(よこしま)な愛欲を起こさないことであると言っている。「口」の行いを清めることは、偽りを言わず二枚舌を使わず無駄口をたたかないことである。「意」の行いを清めることは(むさぼ)らず(よこしま)な見方をしないことである。      こころが(にご)れば行いが汚れ、行いが汚れると、苦しみを避けることができない。だから、心を清め、行いを慎むことが道の要である。                                 すべてのことばには、時にかなったことば事実にかなった言葉とか叶わない言葉柔らかな言葉と粗い言葉有益な言葉、慈しみのある言葉憎しみのある言葉、この五つがある。    この五つのいずれかによって話しかけられても、「私のこころは変わらない。粗い言葉は私の口から洩れない。同情と哀れみとによって慈しみの思いをこころに蓄え、怒りや憎しみのこころを起こさないように努めなければなりません。」

               

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